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2026-06-12 Fri 22:34:51 No.14621532
明正天皇
1624 (元和9) 年〜1696 (元禄9) 年
日本の第109代天皇。諱は興子。幼名は女一宮。 後水尾天皇の第二皇女。母は太政大臣征夷大将軍徳川秀忠の五女の源和子。徳川秀忠と崇源院の外孫、在位当時の将軍徳川家光の姪にあたり、4代将軍家綱・5代将軍綱吉の母方の従姉。
1629 (寛永6) 年、度重なる幕府の朝廷に対する介入に激怒した後水尾帝が、当時7歳の興子内親王に譲位。天平期の称徳 (孝謙) 天皇以来、859年ぶりの女帝が誕生した。幼少また女帝であることから政治の実権は父帝にあり、親政を執ることはなかった。
1643 (寛永20) 年、21歳で異母弟紹仁親王 (後光明天皇) に譲位。その後は太上天皇、出家後は太上法皇となり、1696 (元禄9) 年、74歳で崩御。未婚の女帝は結婚不可能という朝廷の不文律のために生涯独身だった。
明正帝の即位については、平安期の藤原摂関家のように、自分たちの血脈による天皇を立てることを願う徳川将軍家の意向を台無しにするために、度重なる幕府との対立で徳川家とのつながりを厭う後水尾帝が、わざと幼少で未婚の興子内親王に譲位したといわれる。